旅行3日目、プラハの街中を歩いた。カフカの仕事場だった小さな家はお土産さんに変わっている。1968年、ソ連軍の戦車に素手で立ち向かったプラハ市民を写した新聞の写真は、ヴァーツラフ広場で撮影されたのだろうか。その近くの旧市街広場は観光客でごったがえし、日陰に設けられたカフェでは人々が穏やかに話しこんでいる。オペラの衣装をつけた集団が夜の音楽会のチケットを一生懸命売っている。それをひやかす観光客、やりかえすオペラ集団。こうした人々の渦が新しい芸術を育み、文化を創造するのではないか。

旧市街広場(チェコ)



プラハ市内(チェコ)


いまいる自分は、1968年の「プラハの春」を追体験することはない。いうまでもなく、ここは21世紀のチェコであり、観光都市プラハなのだから。いま民主化が経済を活性化し、人々は明るく商売に励み、世界中から集まってきた観光客がこの街の中世の面影に浸りながら美味しいビールを飲んでいる。自分もその一人。私はなにか大きな思い違いをしていたのではなかろうか・・・
 

 

プラハの市場(チェコ)

 

なにごとも事物に即し、既成概念を捨てれば、見えないものも見えてくる。どこからか光が当たり輝きを与え、視野は広がるものだ。東欧にも同じことが言える。以来、バスの窓から見えてくるボヘミア、モラビア、スロバキア、そしてハンガリーは豊かで実り多い大地の続くところに写ることになる。ここはヨーロッパの穀倉地帯なのか。山はなく平らな畑が広がり、夏の太陽に緑が濃い。黄色に燃えるひまわり畑もある。豊かな土地に違いない。人々が飢えることはなかったのではないか。昨年旅行したアイルランドは芝生のような土地で岩も多く、豊かにはみえなかったし、その大地は「飢え」の歴史を刻んでいた。ここはアイルランドとは明らかに違う。


ペーチからケチケメートヘ(ハンガリー)


東欧の夏の日差しは強くまぶしい。湿り気のない空気のため、足元にまでその強い光が到達する。その中で幸いなことに、この地の人々の表情に暗さや貧しさが感じられない。おおむね柔らかで、余裕があるように思える。民主化の前はそうではなかったのではないか、とは思わなかった。この地の人々の暮らしは、体制の如何を問わず、豊かなのではないか――私が目にした大地がこの直感を与えた。農業は生産だけではなく流通が伴わなければ経済的には成功しないが、「飢え」はなかったのではないか。くりかえすが、それが私の直感であった。


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