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LADAKH 旅の総括
1960年代後半、世界を席巻したヒッピー思想が理想とした地は、インド、バリ島、ネパールなどと並んでチベットだった。ヒッピーはチベット仏教の祈りの言葉「オム マニ ぺト フム(宝珠と蓮華に幸あれ)」を唱えて平和と愛と自然回帰を求めたものだ。
ヒッピー運動はいまにして思えば、あまりにも短絡的近代否定の発想だったけれど、21世紀のいま、ヒッピーが求めた近代否定が再びクローズアップされている。
ラダックは近代から取り残されているから面白いというものではなく、私が常日頃引用するロラン・バルトの言説「近代は数ある体系の中の1つにすぎない」という思いを確信させるところだからだろう。私たちが疑わない「歴史」の進化は、宿命的なものでなく偶発的なものだったとしたら、そして、もう1つの体系の中で生きることができるのならば・・・というSF的願望をいっときでも満たすため、人々は、アジア辺境の地・ラダックを訪れる。もちろん、私もその一人

ラダックのゴンパは小高く険しい高台の上に建設されている。少しでも天に近づくためのものか、修行僧が俗界への思いを断つためか。(2004/07/28.)

無愛想に石を積んだゴンパの建物の裏側。色彩豊かなゴンパの正面と対比的。どちらかというと、死のイメージが漂う。(2004/07/28. シェー宮殿跡)

荒涼とした風景の中に鮮やかなゴンパが映える。死から生への再生のイメージか。(2004/07/27.旧レー王宮)

生の永遠を保証するかのような色鮮やかなゴンパの入口。この中にはあまたの仏像、神像、曼荼羅といったテクノロジー?によって、死は遠ざけられる。もちろん、それが信仰というものだ。(2004/07/28.タクトクゴンパ)



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