コーカサスの旅(アゼルバイジャン、グルジア、アルメニア)

Aug-13-2010(Azerbaijan)

●Tokyo~Mockba~Baki

「コーカサス」という地名は筆者にとって、
とりわけ気になって仕方がないものだった。
なぜなら、コーカサスが世界の民族概念を3区分するうちの1つ、
「コーカソイド=白色人種」の語源(他の2つは、モンゴロイド=黄色人種、
ネグロイド=黒色人種)になっていて、
コーカサスという言葉には、なにやら、“ヨーロッパの始原” の響きが
感じられるような気がしてならなかったからだ。

そればかりではない。
以下『アーリア人』(青木健「著」)を手がかりにして、
古代イラン系アーリア人の動きを追ってみると、
ウクライナ平原及びコーカサス地方の覇権を巡って
幾つかの民族(キンメリア人→スキタイ人→サルマタイ人→アラン人)が
争闘をくり返していたことがわかっていて、
その中で、サルマタイ人を追い出して、コーカサス地方に定住したのが「アラン人」だった。

「アラン」とはいうまでもなく、「アーリア」の転訛であるから、
彼らこそ、イラン系アーリア人の直系にほかならない。
また、彼らは、コーカサスの山岳地帯に定住し、
10世紀にはキリスト教に改宗している。
「アラン人」は現在、ロシア連邦の北オセチア共和国と、
旅行先の1つ、グルジア共和国の南オセチア自治州にまたがって住んでいる
「オセット人」として存続している。

つまり、コーカサス地方、なかんずく、グルジアに行けば、
イラン系アーリア人の直系である「アラン人=オセット人」に会えるかもしれない、
もしかしたら、彼らの暮らしぶりをうかがい知ることもできるかもしれない…
と考えた次第だ。
※旅行中、実際には、南オセット自治州には近づくことすらできなかったのだが。

成田発:SU 576 にて、モスクワ・シェレメチェヴォ空港へ、
そして、モスクワ発SU 145 にて、
アゼルバイジャンのバクー=ヘイダル・アリエフ空港まで、順調なフライト。

定刻にバクーに到着。
入管も終わり荷物を取ろうと探したが、ない。ロストバゲッジ。
旅行初日から凹んだ。

早いところ手続きをして、ホテルに向かいたいところだが、
空港係員がなかなかやってこない。
待つこと十数分、書類作成が終わり、
翌日午後3時に空港に取りに来るようにと、受取を渡され、
税関の外で待っていたガイドのMs.Asya Shiraliyeva の出向かいを受ける。

ホテルに到着したのは14日の午前2時近く。
Empire Hotel という名前だが、あまりいいホテルではない。
バクーは安全だというので、ホテル周辺を散歩。