ホーチミンとアンコールワット 2008~2009

Dec-30-2008(旅行4日目)
Cambodia
Siem Reap

ホーチミン(16:30発)からシェムリアップまでの飛行時間は僅か1時間。
飛行機内で書いたEDカードは入国審査時に提出するが、
税関申告用紙はせっかく書いたのに受取人がいない。
そんなわけで、あっといまに、空港の外に出た。

シェムリアップはカンボジアの中でアンコール遺跡に最も近い街。
全世界からやってくる観光客のための国際空港、
ホテル、レストラン、ショップ等が集積している。

空港出口に現地旅行会社JHC社の迎えの女性が待っていた。
マリーさんといい、日本の小学3~4年生くらいの体格のきゃしゃな女性。
日本語はまだまだというところ。
翌日、彼女がアシスタントガイドであることを知る。

カンボジアは思ったより涼しい。
某ホテルのレストランで夕飯を済ませた後、宿泊先であるサリナホテルへ。
サリナホテルは、シェムリアップの中心地からやや西にはずれたところにある。
部屋がおそろしく広い。
このホテルもエコノミークラス。
ホテル内のショップ入口付近にある神棚。
カンボジアだが中国風だ。

ホテル近くの古い建物。何かの工場だろうか。

ホテル近くの建物の塀。敷地内は学校のよう。

明日から、アンコールの遺跡の見学になるが、
その前に、アンコール王朝(802年~1431年)の歴史を簡単におさえておこう。
アンコール王朝をつくったのはクメール人といい、
紀元5~6世紀には、現在のカンボジア内に定住を始めたといわれている。
幾度かの内戦と分裂を経て、802年、クメール人のジャバルマン2世がアンコール朝を創設。
889年、ヤショーヴァルマン1世がアンコールの地を都と定める。
以降、550年間にわたり都城と寺院を建築し続けた)
12世紀前半、スーリヤヴァルマン2世がアンコールワットを、
ヒンドゥー教寺院として三十年余の歳月を費やし建立。
1177年、アンコールワットを造営したアンコール王朝だが、
周辺の新勢力であるチャンバ軍の侵略を受け、王都アンコールを制圧されるがすぐに奪還。
しかし、この間、国内は混乱した。
1181年、建寺王ジャバルマン7世が登場し、アンコール王朝を再興、空前の繁栄を続ける。
このころ、アンコールトムの造営開始
1431年、シャムのアユタヤ勢力により、アンコール王朝滅亡
中世の東南アジアはいくつかの勢力がしのぎを削っていたようだ。