Tunisia (06-07 winter)

2006年12月28日から2007年1月4日まで、北アフリカ地中海沿岸のチュニジア観光に出かけた。

チュニジアの歴史は大雑把には、▽カルタゴ前期、▽カルタゴ時代、▽ローマ時代(ヴァンダル王国時代を含む)、▽アラブ時代、▽オスマントルコ時代、▽フランス植民地時代、▽現代――に分けられる。
カルタゴは、フェニキア人が先住民のベルベル族らから領土を奪い、紀元前8世紀に建国した地中海の強国。そのカルタゴもローマとの戦いに敗れ(ポエニー戦役)、ローマ帝国によって、完膚なきまでに破壊されたのだが、やがて、ローマはこの地をアフリカのローマとして再建した。
チュニジアは、ローマ支配の下復活し、おおいに繁栄を続けた。

さしものローマ帝国もゲルマン民族の侵入によって東西に分裂、5世紀、西ローマ帝国は滅亡。
ローマ化したカルタゴは、5世紀以降およそ1世紀の間、ヨーロッパを西進しスペインからアフリカに渡ったゲルマン系のヴァンダル族が支配する地となった。
ヴァンダル族といえば、ヴァンダリズム(文化破壊)の語源となったくらいの蛮族。
彼らは、カルタゴのローマ文化をことごとく破壊したといわれている。

その後、東ローマ(ビザンチン)帝国がヴァンダル王国を滅亡させてこの地を支配したが、続いてやってきたイスラム勢力のアラブ人が7世紀に入って、この地の支配者となった。
16世紀、小アジアに台頭したオスマン帝国がアラブ勢力を北アフリカから駆逐し、チュニジアはオスマン帝国の支配下に置かれるようになった。

19世紀、衰退するオスマン帝国に代わって、アフリカに勢力を伸ばしたフランスが、チュニジアを植民地化して・・・と、ずらずらと書き続けてみてもわかるように、チュニジアの歴史は複雑だ。

さて、そのチュニジアの観光の目玉といえば、まばゆいばかりの地中海から乾燥したサハラ砂漠、その中にあって緑豊かなオアシス、山岳地帯のベルベル人の居住地・・・といった多様な自然に加え、ローマ時代の遺跡や、美しいタイルに飾られたイスラム教のモスク、バルドー美術館に集められたモザイク芸術などが挙げられる。
各都市の旧市街(メディナ)に残る迷路のようなスーク(市場)が観光客を魅了する。

旅行日程

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